人生の【生き方】を探して見つけた名言

ポストモダンと呼ばれる現代。

それは人々が共通して持つ価値観、生き方の指針となる柱が崩れ去ってしまった時代です。

個人の価値観、趣味、嗜好が細かく分断、多様化していき、自らの在り方、生き方を見いだせず不安にさいなまれ、孤独、あるいは孤立を感じる人が年々増加してきていると言われています。

しかし人生においては、たった1つの言葉との出会いを機に、その後の自身の存在や在り方、人生を根本から大きく変えてしまうような経験をすることがあります。

今回の記事では、あなたが探しているもののヒントになるかも知れない、私自身が大きく心揺さぶられた記憶を持つ“生き方”に関する名言をご紹介していきます。

既に激戦をすり抜けてきた過去を持つ強運の私達

人は、バッファローの大群の中に生まれる。

人生を始める前に、その大群に踏みつけられなかったことを感謝しなくては。

-アインシュタイン-

David MarkによるPixabayからの画像

こんにちは。マイン@マインドペディア管理人(@mind_pedia)です。

一発目はご存知アインシュタインからの名言です。

この世に生を受けて生まれてきた私達の存在というのは、母親の体の中から始まった受精の段階、細かく言うと父母の出会い、祖父母の出会う確率などのもっと前段階から含めて、あり得ないほどの天文学的な確率から始まっているのです。

それが“人は、バッファローの大群の中に生まれる”という言葉の意味ですね。

今あなたがどのような境遇の中に生き、またどんな過去を生きていきたかに関わらず、私達人間の誰しもの人生は、あり得ない確率と激戦の中をすり抜けてきた所からスタートしているのです。

つまりは『自分』という存在が今ここにあるということだけで、ほぼ奇跡に等しいストーリーだということが実感できます。

だからまずは、自分が奇跡に近いストーリーを生きているという事実を理解することが必要なのではないでしょうか。

それが理解できて腑に落ちれば、あなた自身の”生き方”を知る段階に一歩近づけた、あるいは本当の意味で“自分の人生を生きる”というストーリーのスタートラインに立つということなのだと思います。

では続いての名言をご紹介します。

既に立派で、素晴らしい存在の私達

人は生まれて、生きて、死ぬ

これだけでたいしたもんだ。

-ビート武-

現代では、とくに日本人の場合特に顕著なのかもしれませんが、「何者かにならなければ病」「何かしなければ病」に苦しめられている人が多い気がします。

「何者かになりたい」「何かしたい」このような意思は素晴らしいものですし、生きる上での相当に力強いモチベーションとなることは間違いありません。

ただ、それらは自己の中から底知れぬ意思として出てくるものは最高なのですが、ただの“風潮”に毒された結果の「~ねば」という脅迫観念になってしまい苦しめられているのでは元も子もありません。

強迫観念でも、それがもとになって大成したとか、成果に繋がったという人はそれでもいいでしょうが、残念なことに大半の人は空回りになってしまい、虚無感と焦燥感、ストレスだけが残ってしまうパターンが少なくありません。

「特別な存在になりたい」という願望も然りです。

特別な存在というのは“もともと特別”なのであって、「特別な存在になりたい」という願望を抱いているということは、その裏にある感情として「自分は特別な存在ではない」という思いがあります。

ということは永久に特別な存在にもなれないわけで、仮にそうなったとしても果たして自分が幸福になれるのかどうかとは別の話なのです。

そういった願望が脅迫観念となって苦しめられているひとは「自分は特別な存在にならなくていい」と許可を出してみることで、今まで心につっかえていたブロックが解放されて、新たな視点や気付きが開けるかもしれません。

さて自分自身、そして自分の人生というストーリーの存在自体がもう既に奇跡に近い出来事であることはお話した通りですが、その意味が分かればきっと次のこの言葉が自然と腑に落ちるでしょう。

生きてるだけで丸儲け

-明石家さんま-

自身の生き方を考える上で、いや考える以前に土台として持っておきたい重要な視点を持った素晴らしい名言です。

その上であなたがなにを『選ぶ』のか

変わることを自分に強いるのはやめましょう。

自分が本当にそう望むのでないかぎり、無理に成長させようとしてはいけません。

-ルー・タイス-

アメリカの心理学者、コーチングの創始者であり、また自己啓発界、能力開発の世界的権威、ルー・タイスからの名言です。

例えあなたが今、どのような境遇にいようと、また今までどんな生い立ちを過ごしてきかに関わらず、私達人間1人1人というのは素晴らしい存在なのです。

なぜなら冒頭でお伝えしたように、私達は皆、天文学的な確率が掛け合わさって生まれてきた奇跡に近い存在だからです。

今自分が生きていることが当たり前になってしまうとこのことが見えなくなってしまうのです。

加えて、この成熟した現代日本においては、より内的な変化、成長、幸福が着眼され、それそのものは非常に大切なことなのですが、それと同時に「何者かになれ」「何者かにならなければならない」といったような風潮的な圧力を感じやすくなっています。

しかし先に述べたように、私達はもともと素晴らしい存在なのです。

強迫観念に押しつぶされる必要もありません。

しかしあなたが心から望むのであれば、既に素晴らしい存在の上に何を積み上げていくのかも自由です。

変化、成長させることも大いに結構なのです。

要は一番大切なことは、その動機が空気や風潮に毒された“外的な部分”からのモチベーションなのか、“内的な部分”からとめどなく湧き上がってくる、おさえがたいモチベーションのどちらなのか?ということです。

もともと素晴らしい存在である自分、それを理解した上であなたが人生の中で何を選び取っていくのか?

それを考える上で役立ちそうなルー・タイスからの生き方に関する名言をもう1つ。

命を脅かすような出来事をイメージしてみてください。

そのような出来事は、自分の価値観を見直させます。

命が危険にさらされているときには、「私にとって最も大切なものは何だろう?」と考えます。

-ルー・タイス-

これを読まれて「自分の生き方を考えるのに命を脅かすような出来事をイメージ?」なんてあっけにとられた方もいるかもしれません。

しかし私がなぜこのような言葉を引用したのかというと、私達のようにある程度インフラや社会制度が整い、そして娯楽の分野が発展した時代に生まれた現代人の多くは、生活的に余裕のある、言ってしまえば“ぬるま湯”の中で過ごしてきたわけです。

それが良いとか悪いとかの話ではなく、そういう時代だし、事実ベースとしての状況を解説しています。

そして近年、一部の地域では大規模な自然災害も起こっており、被災された方々もいらっしゃいます。

ですがそのような被災された方々、もしくは自分と関係の近い人が被災された方々、このような方こそ正に、「命を脅かされる出来事」を経験、または見たからこそ、新たに、もしくは改めて考えさせられた部分というのは決して小さくないはずです。

当然ですが、私を含めて大多数であるほとんどの人はそのように命を脅かされる経験を持たないわけで、「自分の人生で本当に大切なもの」を本当に真剣に考えて見直したことのある人はどれほどいるのだろう?と素朴な疑問として考えます。

何度もいいますが、これがいいとか悪いとかの話ではなくて、事実ベースとして「こういう現状があるよね」という客観的な視点をもとに話をしています。

日本だけに限らず、世界では今でも多くの国や地域でテロや紛争が勃発しており、夜も安心して眠れない生活を送っている方々がいます。国のインフラや社会制度が整っていない、まともに機能していない国で生活しながら飢餓に苦しむ方々もいます。

例えばこんな状況に生きていたとすれば、毎日が「いかに今日を無事に生き残る(生存できるか)か」というおおよその理解を超えた極端に神経をすり減らす日々であり、正直「生き方」がどうこう考えられる程の余裕もないはずです。

逆に自分の「生き方」に悩み考えるということはそれだけ“余裕”のある生活ができているということの裏返しだと思うのです。

ですからまずは、それだけの余裕があるという時点である意味、私達日本人は恵まれている存在なんだということを知る必要もあるかと思います。

なぜこのような話をしているのかと言えば、自身の「生き方」を考える上でも、これら事実の認識は大きなヒントになり得ると考えるからです。


例えば、先に挙げたように身近でテロがおきていたり、不十分なインフラや社会制度の中で暮らしながら飢餓に苦しみ、常に死と隣り合わせであるような環境に生きていれば、つべこべ言う暇もなく真っ先に自分にとって“大切な価値”を最優先するはずなんです。

例えばまずは自分の体、生命、そして家族やその他大切な人の存在。

そういった地域に暮らす方の海外ドキュメンタリーなんかを見ていると、そういった“自分にとっての大切な価値”を守るために、あらゆる身に危険をさらし、または犠牲と引き換えにお金を稼いでいる方々がでてきます。

別にそういう危険を真似しましょうなんてことを言っているわけではありません。

実際に自身の身を危険にさらしたり、社会や害悪な行為をしてはいけません。

そして生活面で困窮の渦中にいたり、危険と隣り合わせといった環境に過ごす方々から見習う部分として私が伝えたいのは、“自分にとって大切な価値が明確に分かっている”点です。

その価値が明確になっているから、小さなどうでもいいことに頭を悩ませたり、迷ったりするような必然的に生き方がブレません。

つまり価値が明確になっているということは、それらを守ったり維持したり、または実現させる上において、例えばの話ですがそれが仮に危険な方法だったとしても、人はそれを迷いなくできるようになるということです。

自分にとっての価値が明確になっていれば、物事を選択する際、その価値を基準に照らし合わせるので、必然的に迷いがなくなります。

それが結果的にブレない生き方となります。

つまり自分にとっての価値を明確にすること=自分の生き方を確立するということなのです。

何だか遠回りで回りくどい表現に聞こえるかも知れませんが、最終的な結論はそこに行き着きますし、一番の近道だと思っています。

私にとっての価値

何だか説教じみたように熱く語ってしまいましたが、ちなみに私自身にとっての価値はなんなのかというと

“マインド・心理研究”

そしてその研究で得たものを

“必要としている人に情報、価値として提供し共有すること”

です。

私は自身で、“マインド・心理オタク”としての自負がありますから、そのオタクならではで培った情報や考え方を発信しているのです。

一言で言えば“教育”という分野に当たるかもしれません。

この自分にとっての価値を探すという作業は、簡単にいかないものですし、すぐには見つからないかもしれません。

私自身もそれを見つけるまでに多くの歳月を必要としましたし、発掘できた“価値のかけら”へのブラッシュアップも必要だと感じています。

ですがかけらさえ自分の中から発掘できてしまえば、あとはより浮彫にしていくだけです。

私にとっての価値

“マインド・心理を研究し、そこで得られたデータを必要としている人に情報、価値として提供し共有すること”

を実現させるための1つの手段としてあるのが、このブログの運営でもあります。

“あなたの価値”の発掘を行う上において、何かしらヒントの1つにでもなればと思いお伝えさせて頂きました。

まとめ

いかがでしたでしょうか。

先人方の名言の引用と共に、自分なりの考察を色々と書いてきましたが、まず最初にお伝えしたことは私達この世に生きている人間というのは、あり得ないほどの天文学確率中の激戦を生き抜いてきた遺伝子であるということです。

その上に成り立っている自分の人生というストーリーが当たり前になっていませんか?

という所からお話してきました。

故に私達は、既に素晴らしい奇跡的な存在で、この与えられた人生を全うするというそのことだけで大したことなのです。

“生きているだけで丸儲け”ですね。

あなた自身がその土台の上に何を積み立てていくもいかないも自由、あなたの権利なのです。

そして自分の生き方を確立しようと思ったとき、真っ先に優先したいことは

“自分にとっての価値を明確にする”ということです。

最初に発掘できたものは、一片のかけらだけかもしれません。

ですがかけらさえ見つかってしまえば、あとはその周辺と奥行きを掘り続けるのみです。

誰しもが必ず自分にとっての価値をどこかに内包しています。

この記事中の生き方に関する名言や考察が、あなた自身にとっての“価値”を発掘し、そしてあなた自身にとっての“生き方”を確立していく少しのもヒントになることを願い記事を終わりにします。


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