変えたいのに変えられない【性格】・・・「人は変われる」

変えたいのに変えられない

あがいてもあがいても変えられない自分の「性格」に思い悩む。

変えたい、変えられないと願う、その性格は本当にあなた自身なのか。

「人は変われる」が、“性格を変える”必要はない。

マイン@マインドペディア管理人(@mind_pedia)です。

「性格を変えたい」「変えられない」と悩んでいる。

日本人は特にだと思いますが、そんな人は少なくないはずです。

いきなりですが私なりの結論を出します。

「人は変われる」が、“性格を変える”必要はない。

一見、矛盾して見えるこの主張がどういうことか解説し、なぜ私がそう考えるに至ったか。

「性格を変えたい」と願う人が思っている自分の性格とは、本来の自分の性格ではないからです。

もう少し詳しくいうと、本来の自分の性格で生きていないという所に問題があります。

どうせ変わらない、少なくとも今変わらなかった性格なら、いつもとは視点を変えてまず前提となっている解釈から疑ってみるといいと思います。

前提となっている解釈を疑う。

これは解決が困難な問題や、溝の深い問題と向き合う際、に必須の考え方だと私は思っています。

余談はさておき、人が自分に自己肯定感を持てずに「性格を変えたい」と悩むとき、その問題の本質はどこにあるのか。

むしろ、その「変えたい」と思っている自分の性格自体を、知らない、分からないままでいることに苦しめられているのだと思います。

本来の自分の性格を知らず、「本来の自分」で生きられていないことに苦しんでいるのではないでしょうか。

というのも、私はある本のこんな一説を読みました。

人の発達とは自分の中にもっと自分らしい自分を発見することである。

ところが、大人になった私たちはこの作業を中断してしまうことが多い。

もう、自分も自分を取り巻く世界も変わらないと、思い込んでしまうのである。

・筑摩書房出版 高橋和巳著 『人は変われる』 p.12 より引用

この文を読んだ上で、人が「性格を変えたいのに変えられない」という問題解決に照らし合わせて考えてみました。

私が思うには、性格を変える必要があるというよりも、「これが自分の性格だ」と解釈している性格そのものが偽りであり、自分を偽ったまま過ごしていることに苦しみを感じているのではないか?ということです。

本来の自分の性格

とはいうものの、この世に100%本来の自分で生きている人なども存在しないと私は思います。

同時に、自身の性格を100%熟知していて、1%の自己嫌悪を持たずに生きている人もいないと思います。

人は皆、社会という荒波の中で生きていく上で、多かれ少なかれ、意識的にも無意識的にも自分を偽りながら生きているのだと思います。

自分にも周りに対しても、常に正直でいることはとても大切ではありますが、かといってそれは容易なことではありません。

やはり、少なくとも、自分や他人、その他に大切なものを守るために、人間は役者を演じてしまっているのだと思います。

それが意識的なオンオフをコントロールできていればいいのですが、問題なのは無意識に演じている役、それを「これが自分の性格である」と信じ込んでしまっている、それが「本来の自分」より大きくかけ離れている場合です。

それはもはや、「自分が何なのか分からなくなっている」状態であると言い換えることもできます。

  • 自分のやりたいこと
  • 自分が欲しいもの
  • 自分が信じたいこと

性格を変えたい」と願う人の多くは、「自分の中にもっと自分らしい自分を発見すること」に反してた方向に向かい、「自分の中のもっと自分らしい自分」ではない所で「自分の性格を変えたい」と願っているのではないかと思うのです。

つまりやるべきは、本来の自分ではない部分で「性格を変える」と奮起するのではなく、限りなく「本来の自分」へと回帰していく方向に向かうことだと思います。

それは自分の性格を知り、自分の欲求を知るという作業になります。

つまり戦う方向をフィールドが違っていないか?を確認する必要があるということです。


仮面を外せば、結果として性格は「変わる」

先にも言いましたが、この世に100%自分のことが分かっていて、100%が素のままの自分で生きている人などいないと思います。

重要なのは、少しでも本来の自分に近づき、限りなく素の自分で生きることを目指すことであると思います。

社会で円滑に過ごすためには、仮面が必要なことだってあると思います。

自分が分かっていて仮面を装着するのか、自分が仮面をしていることにすら無自覚でその仮面を「これが自分の性格である」と思っていて、「性格を変えたい」のとでは雲泥の差があります。

仮面を外して、本来の自分に回帰していけば、客観的にあなたを見たとき、そのの性格は「変わった」と評価されるかも知れませんが、本当の意味では「本来の自分に回帰した」というだけです。

まとめ

いかがでしたでしょうか。

あなたが自分で「変えたい」と願っているその性格は、自分の性格ではなく、本来の自分の上から被せた仮面を自分の性格であると思い込み、本当の苦しみはその仮面の存在であると気付いていないままでいることが問題の本質であるというお話でした。

長い間その仮面を無意識に被ってきた人にとって、本来の自分を知り、回帰していくことは時間のかかる作業であるかもしれません。

「性格を変える必要はない」が、でも「人は変われる」

これは一見矛盾した主張のように聞こえますが、いままで自分が自分の性格だと思っていたのがただの社会的な仮面で、その仮面の存在に気が付き、その仮面を取っ払う。

仮面を取っ払うことにより、今まで自らで封印して忘れてしまっていた自分、今まで知らなかった自分の素顔が表れてくることになります。

これは客観的に見ると、結果として“性格が変わった”のと同じ現象です。

でも本人にある自覚は、その現象に対して“変わった”という違和感を感じることもなく、本来の自分に帰ってきた自然な安心感のはずです。

今回私が伝えたかったことは、人が「性格を変えたい」、でも「変えられない」と苦しんだとき、それは向かう必要のないベクトルへ自分が向かおうとしていて、本来なすべきは、いつかの段階で被った仮面の存在に気が付き、そしてその仮面を取っ払っていくということです。

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