仕事にも使える「会話が苦手」を克服するために必要な認識

「会話が苦手。。」

そんな悩みを抱えて何年も経つ。

頭脳的にも能力的にも問題はないはずなのに一向に改善の兆しを見せないこの問題の原因は一体何なのだろうか。

そんな悩みのせいで、仕事上での評価や人間関係、恋愛でも損をしている気がする。。

そんな思いにも駆られ、自分を情けなく思ってしまう。

その原因、克服法を探っていきましょう。

会話が苦手という謎

どうしてのほほんと、何も考えていないのに心から会話を楽しんでいる人達がいる一方で、深刻に悩むほど「ただの会話」をするだけでも酷い苦痛を感じたり、その機会を避けてしまう人がいるのでしょう。

会話が苦手だという人の中には、何でも小難しく考えてしまう人が多いように感じます。繊細な人、頑固な人など、細かくパターン分けすれば色々な人がいるでしょうが、ここではもっと抽象度をあげた視点から、その本質的な特徴を炙り出してみましょう。

そもそも「会話が苦手」とはどういうことなのでしょうか。

世間では当たり前のように「会話が上手」だとか「会話が苦手」だという表現が使われます。

でも会話が上手だとか苦手というのはそもそも不思議な解釈だとも思えるのです。

会話というのは、言語と非言語の両方を用いて行われています。

まずは会話における「言語」だけにフォーカスしてみると、言語というのは人に「言葉として正確な情報を伝え、共有するため」に使うものです。

ここでいう情報とは、例えば自分の意思や感情、また周囲で起こっていることなどです。

当たり前ですが、人類が誕生した当初は言語なんてなかったはずです。

言語がないということは、言葉のやり取りという意味における会話のしようがありません。

今のところ言語の起源や年代などについては明らかになっていないそうですが、かつて言語を持たない人類が存在していたことは間違いないわけです。

言語はなくても、脳があり、意識があり、感情があり、困ったことも嬉しいことも、身の回りの危険なこともあったわけです。

そして自分以外にも人がいる。

そうすれば言語はなくても、感情でも何でも目の前にいる人に伝えたいこと、共有したい「情報」の1つや2つは出てくるわけです。

最初は身振り素振りなどのジェスチャー、周囲にあるものや表情などを使ってどうにかこうにか伝えようとしたはずです。これがつまり非言語ですね。(非言語での会話としては手話などの方法もありますが、この記事の趣旨には当てはまらないので置いておきます。)

しかし非言語のコミュニケーションだけでは情報の伝達に不便があるわけです。

細かいニュアンスや話の細部を伝えるにも限界がありますし、受けてによっての解釈が大きく変わりやすいです。

その不便を極限まで解消することに成功したのが言語です。(言葉の起源については諸説ありますしハッキリしていませんが、話を分かりやすく簡略化するためにこのように仮定しておきます。)

非言語のみを使った会話しかなかった営みの中で人類は知恵を使い発達させ、互いがその性格な情報を共通で認識できる「言語」を編み出してきたわけです。

言語というのは、例えば「お皿」なら食事をするときに食べ物を盛るあの入れ物であると皆が共通で認識できるように便宜上で付けられた名前なのです。もっと言えばそれは「おさら」という発声、音なのです。

そして、お皿という単語に接続しなり動詞なり助動詞なりがくっついて言葉になります。

そのようにあらゆる物事、動作の1つ1つに便宜上使える名詞や動詞としての名前をつけ、単語を生み出し、くっつけて、それが言葉になり、という形で人間は言語を開発、発達させてきたわけです。

会話は『ツール』

つまり何が言いたいのかというと、「言語」はそれら物事、意思、感情という「情報」を限りなく性格に、細部までを人に伝え、共有することを目的として開発されたツールだということです。

会話はその言葉の連続によって成り立つものです。

例えば「ある特定の(考え)を伝えたい」という思いが先にあって、その情報を言語というツールを使い、あなたの口から発声する。

それを聞いた相手が頭の中で解釈した内容をもとに新たな「ある特定の(考え)を伝えたい」が生まれて相手の口から発声される。

それをあなたが受け止めて、、の連続。それが会話なのです。

どんなに会話が苦手で社会との接触を断ち引きこもっている人でも、例えば困った事態が起きて助けを求めたいとき、嬉しいこと、悲しいことがあって人に伝えたいとき、噂話を人に教えたいとき、思わずそれを伝えたくて人に伝えた経験があるでしょうという話です。

そのときに自分がしたその情報発信をもとに、相手が言葉を返してきて、それにまた自分がリアクションをして、、という一連の流れを経験したことはあるはずです。

どんなに会話が「苦手」という意識がある人でもも会話を「する」ということにあたって、必要な認知力、脳機能、及び発声器官やその他の身体機能、そして能力はきちんと揃っているわけです。ただ何か余計な囚われ、いらない認識がある。というこのことをまずは意識にあげて理解することが重要です。

言語を使った情報の伝達や解釈に成功すれば、言語を使う目的は達成されているわけですから、その観点から見ればそこに上手いも下手もないわけです。

ではどうして「会話が苦手」という考えが出てくるのでしょうか。

会話が苦手な人という中でもほとんどの人が、言語を用いた会話をする上で脳機能、身体的な問題があるわけではありませんから、会話で用いられる言語と非言語のうち、言語的な会話は普通に行えるということは上記の説明で見た通りです。

ということはあなたが会話を苦手とする理由、その問題は非言語による部分の中にも幾分か隠れているかもしれません。

会話が苦手という人達は、このところを分かっているようで分かっていないのです。

『会話が苦手』という幻想

端的にいうと会話が苦手な原因の1つ、それは「自分の口から言葉を発する」ことに躊躇がある可能性があるんじゃないかということです。

自分の口から言葉を発するということは、言語を用いて自分の感情、考えを吐き出す、すなわち自分を表現することです。

自分を表現することを躊躇するという理由には、「感情や思い、リアクションをそのまま出すことが単純に恥ずかしい」「人に誤解を与えてしまったらどうしよう」「相手を怒らせせてしまったら、かなしませてしまったらどうしよう」「誰かにバカにされたらどうしよう」などのようにその原因が、「自分を素直に表現できない」という感情や思考に起因していることがほとんどです。

つまり会話が苦手だと思っている人の大きな問題の1つは、自分を出せないという部分にありそうだという事が分かります。

よく「会話が苦手」という人の中には、例えば仕事、業務上での必要事項の連絡や報告は、それらに関する人とのやり取りはスムーズに行えるのに雑談ができないという人がいますが、そういったやり取りの中で自分から発される言葉は、「自分を出す」必要がないからです。

しかしこと雑談になると、どんな言葉を発するにせよ、その人の興味関心事、考え方、趣味、心情などその人のパーソナリティを明かすことがベースになって行われるものであるといっても過言ではありません。

人との雑談、会話をする上では、これらのパーソナリティ情報は意図的に隠そうと思っても、絶対に出てしまうものであり、それがつまり自分を表現することに他なりませんから、自己の表現が苦手(=会話が苦手)な人は必要事項の連絡ややり取りはできても雑談はできないのです。

そして「自分は会話が苦手だ」という幻想に縛られはじめるのです。

なぜこんなにまどろこしい話をしているのかと言えば、会話が苦手な人にとってその事実、認識は、「自分は会話ができない」という漠然かつ根深い染みつきとして意識に存在しているため、会話における「自分はここまではできる」という既にできること、そしてできないことと分けたものを改めて認識し、真にそれを苦手とする理由や原因を炙り出していくことを目的としているからです。

要は「会話が苦手である」というなんとなく漠然とした考えを持つだけではなくて、それを克服するためには会話における流れの中で自分はどこまでのことができて、どういうところが苦手で、なぜそれが苦手なのかを理解することが大切だからです。

つまりあなたは本当の意味で会話が苦手なのではないし、会話を流暢に楽しいすものにするために必要な物質的機能は持ち合わせているのです。

あとは余計で不要な思い込みを持っているいて、たった1つの認識が足りないだけです。

それを理解することがが克服のために必要なステップです。

会話って何?

本来、会話の目的は言語(及び非言語)を用いて双方向に情報のやり取りをすることが目的です。

言語というのは、考えや感情、また状況ななどを言葉として人に伝える情報伝達のツールとして生み出されたものです。

そのツール開発の目的は「正確に情報を伝え、共有する」というところにあります。

その伝えた情報をもとに、相手がそのリアクションとして何かしらの言語を返してくるでしょう。

その返ってきた言語をあなたは認識します。

その返ってきた言語に対して、自分が行った情報伝達について追記として伝えなければならない必要を感じれば、その必要に応じて必要な言語を補足するまでですし、単に伝えたい感情や気持ちがあれば、それを言語として伝えるまでです。

例えばあなたが「頭が痛い」ということを相手に伝えたければ、相手に「頭が痛い」という情報を伝えます。

それを聞いた相手が「じゃあ薬を飲んだら?」とか「少し休んだら?」なりの提案を返してくるわけです。

そして今度はあなたが相手からの言語情報を受け取り、「うん、そうしてみるね」とか「うん」とかの返事を行うわけです。

これで一応の会話は成立しました。

言語を使った会話というのは、このように伝えたい情報を「正確に」伝達する為に、開発されたツールですから。

その情報伝達という目的が達成されれば問題ないわけで何の不足もありません。

世間で言われる会話、雑談というのは、これを発展させて繰り広げられているもの。というだけの話です。

なので、会話というのは相手の発する言語を認識し、発音する能力に問題がなければ誰にでもできることであります。

会話が苦手だと感じている人のほとんどは、それらの能力には何ら問題がないはずです。

ということは喋るのが苦手とか、気の利いた面白い返しができないとか、聞くのが苦手とか、会話が苦手それ云々の以前に問題の本質があるのです。

ここにつまり最初の章でお話した「素直に自分を出せるかどうか」というところに話は帰結してくるのです。

もともと会話とは、情報(思考、感情、必要事項)伝達、共有を目的とした言語を使って行われるものでした。


そして「会話」というのはもう1つ高い視点から見れば「コミュニケーション」とも言い換えることができます。

会話とはコミュニケーションです。

コミュニケーションをとは、言語と非言語の両方を用いて行われます。

非言語である表情や声のトーン、視線、身振り手振りを駆使しながら、

言語として自分の考え、感情、興味関心事、面白かったこと、感じたことを相手に伝え(自分を表現し)あったり、それに対して感想を述べあったり笑ったり怒ったりする感心したりする。

もう一度いいますが、非言語である表情、声のトーン、視線、身振り手振り、、という非言語の部分。

これに言語をプラスして行うコミュニケーションです。

そしてそれが会話です。

雑談などの会話が苦手だという自負のあるほとんどの人は、言語の認識や発声をする能力には問題がないので、本来会話をするには問題がないはずなのですが、会話をする上での非言語を使ったコミュニケーションの部分に、会話への苦手意識をもつ理由の大部分が隠れているのではないでしょうか。

こうした非言語からでてくるメッセージは、ある意味言語よりもずっとリアルにその人の内面を反映させているものとも言えます。

そして人間の脳というのは、それを無意識にキャッチしてしまうので、自分の非言語メッセージは勝手に相手に伝わってしまうのです。

相手があなたの非言語メッセージを「意識的に」理解しているかは分かりませんが、「無意識」のところではかなりの精度でキャッチされている可能性があります。

これはメラビアンの法則ものの中でも明らかにされていることです。

会話に邪魔をしているのは“自己表現を恐れる心”

先にも少し述べましたが、“会話が苦手”な人には「自己表現を恐れる心」があります。

なぜ自己表現が苦手なのかという理由を考えてみると

  • 失敗したくない
  • 傷つきたくない
  • 傷つけたくない
  • 自分に自信がない

などの理由があると思います。

ちょっと想像してみてほしいのですが、大らかで、無神経で何の失敗の恐怖もなく、自分が傷つく恐怖も相手を傷つける恐怖もない人がいたとして、その人が「自分は会話が苦手なんだ」と言っているシーンの想像がつきますか?

つかないですよね。

つまり会話が苦手な人は、上記の逆パターンの人である可能性があります。

この両者とも極端なパターンなので、会話が苦手なあなたはこの中間地点を目指せば良いのです。

人間、心に何の囚われもなく自由な状態であれば、言葉なんて勝手に出てきて喋るものなんです。

性格的に無口な人というのもいますが、無口と会話が苦手とは違います。

苦手な会話を克服するために必要な認識

ひとまず“会話が苦手”に関して探った原因を簡単に整理しておきます。

  1. あなたは会話が苦手な理由に「自己表現への恐れ」がある
  2. 自己表現をすることの恐れにある心は、「失敗したくない」「空気が読めない奴だと思われるのでは?」「バカだと思われるのでは?」「恥をかくのでは?」「相手を傷つけるのでは?」という囚われ、観念がある

その心の囚われを持たずに好き放題に喋ってみれば、自分が心配していたようなことは起こらずに、会話はウケて弾んだものになったりするものです。

ときには度胸がいるかも知れませんし、ときには、傷ついたり、傷つけたり、誤解を生んで喧嘩になることもあるかも知れません。

でもそれは人間同士が関わりながら社会生活を送る上で完全には避けられないものであるということも理解しなければなりません。

前提にはそのことを受け入れる気持ち、ある意味では覚悟のようなものを持つことも生きていく上で必要なことです。

自分の発言をキッカケに、人との摩擦が起こったとしても、そのときはそのときでどうあれ自分の価値がなくなったり、全ての人から受け入れられなくなったり、死んだりその先の人生真っ暗ということになんかならないからです。

喧嘩だってしたあとのほうが、お互いへの理解が深まって仲良くなるなんてことは良くあることです。

あなたは「自分が自分でいていい」という認識を持っていいんです。

あなたは、他の全ての人がそうであるように、そのまま存在していていいし、その存在が尊くて、1個人としての自分が自分でいていいという自尊心が欠落しているのかもしれません。

どんな人にも何の価値がないということはあり得ません。

あなたが引きこもりの寝たきりであっても、あなたの行う呼吸は二酸化炭素を排出しそれを植物が吸収、そして光合成を行い、木々は育ち、木々はまた生物が生きる上で必要な酸素を地球に供給し、また動物や生物の食糧となり、その動物が人間の食糧となり、畜産業や卸販売業としての職、仕事が成り立ち、それを通しての経済活動にも貢献し、そのおかげで社会生活が営まれています。

という風に、ニートであろうと大富豪であろうと、凶悪犯罪者であろうと、地球上の生態システムの構成要因であることに変わりはなく、それは地球が住む大宇宙に存在を受け入れられ、愛されているということなのです。

このような理解があるかないかだけでも、「自分が自分として存在していていい」という自尊心、自信につながるのです。

かなり壮大な話に膨らみましたが、「自分は大宇宙に受け入れられている存在」であって、「自分の存在を認める」ということが、「会話が苦手」という煩わしい悩みを根本から解消し、克服するための一歩になります。

もし仮にあなたが、「どうしようもなく自分嫌いで、人と対等に接する自信なんかない」と思っていたとしても、大宇宙からみれば、どちらも対等に受け入れられた1個人同士なのです。

もともと会話が苦手、自分に自信がないという人が、このことを体感レベルで理解することができれば、もっと日常生活での充実度、仕事上でのパフォーマンスも大きく上がるに違いありません。

「自分が嫌い」になる心理背景とその克服方法

2017.10.17

そしてあとは何よりも場数の問題でもあります。

過去に感じた「上手く会話ができなかった」という体験を払拭する目的でも、小さな成功体験を積み重ねることが大切です。

「克服しよう」という意識で場数さえ踏んでいれば、自然と感性が磨かれていつの間にか克服されるものでもあります。

ここで、会話の苦手を克服するためのより実践的、そして会話時におけるいつなんどき、どこまでいっても使える普遍的な3原則を記しておきたいと思います。

  • 徹底的にリラックスする
  • 相手と呼吸のペースを合わせる
  • 相手の目は必ずしも見なくていい、しかし見る時は相手の目と目の間を見る

この3原則は克服にも使えて、克服した後も、仕事で、恋愛で、その他会話において普遍的に、有効に使える内容です。

とりあえずはこれを意識せずに使いこなせるようになれば、ひとまず「会話が苦手」という感覚は払拭されます。

会話のテクニックなどは基本があれば勝手に身に付いてきますから、小手先論などはそれからでいいのです。

そして、会話の基礎となる部分が理解してもらえたところで、応用編として仕事、ビジネスにも使える会話のポイントお伝えしたいと思います。

雑談における会話であれば、好きに何を話してもいいという前提がありますが、仕事、ビジネスシーンにおいては、「誰に何を伝えたいか」という意図があることが前提です。

逆にそれがなければ、会話をする必要がありません。

ここで最後に「仕事における会話」に的を絞ってみてみましょう。

仕事、ビジネスにおける会話とは、「誰に何を伝えたいか」「相手にどうしてほしいか」というまず自分の意図があってのものなのです。

反対に、相手もあなたとの会話をする意図があるはずです。

例えば、いかなる仕事や、ビジネスであれ、「社会が求める、ニーズや欲求を満たす、社会に役立つ物やサービスを提供し、その対価として報酬や給料をもらう」ということに変わりはありませんから物、サービスを提供する側もされる側も互いに意図があってそこに会話なりの関わりがあるわけです。

上司や部下とのやり取りを行うときも「同じチームのメンバーとして、より最適化した提供を行うことで、利益の最大化もはかり、会社全体として、またお互い個人としての発展を望む」という前提があるわけですから、仕事やビジネス上で行ういかなる会話も、そこに両者の「意図」が存在するわけです

あくまでも、仕事、ビジネス上においてあなたが誰かと会話を行うのであれば、少なくとも相手は相手で「自分の意図」を持ってあなたと会話しているはずです。

仕事における会話にとって、まず必要とされることは、自分がその会話をどういう意図をもってするのか、しているのかという「自分の意図を理解する」こと。

そしてその相手はその会話をどういう意図をもってするのか、しているのかという「相手の意図を汲みだす」こと。

そして最終的には、その両者の意図となるものを満たすことを目的とした方向に話を進めることが、仕事における会話の本質です。

そのどちらかの意図しか達成しないような方向性の会話になってしまえば不公平ですよね。

自分と相手双方の持つ意図を汲み取り、そのどちらの意図も達成するための方向に会話のベクトルを定めた上で話を進めて、両者のゴールを達成することが、仕事やビジネスにおける会話をする目的です。

この理解があるかないかで仕事における会話の内容も質も大きく変わってくるでしょう。

まとめ

この記事で述べた内容というのは、巷に溢れるキャッチーな小手先のテクニック論のような具体性をもった克服法ではありません。

そういうものを求めてこの記事を開いた人は、早々に読むことをやめて違う記事に飛んで行ってしまったかもしれません。

しかし根っからの会話が苦手で悩んでいる人に、そういったテクニックをいくら伝授したところで使えなのです。

そういう人にとって、自分が人間として、1個人として自分が存在して、「ありのままの自分をこの世に表現することが許された存在」である認識が欠落しているのです。

社会というのは人間同士が複雑なリズムとハーモニーを調和させながら発展、存続させていくものであることには変わりありません。

いかなる仕事も、結局は自分以外の人間に奉仕、サービスを与えるものですから、コミュニケーション、会話の能力はほとんどすべての人間に必須なのです。

ここで、仕事でも恋愛、その他の日常生活においても役立つ「会話が苦手を克服」するために必要な最も大きく大事な認識のステップをおさらいしましょう。

  1. 言語を用いた会話を行う上で、脳機能、身体的機能の不足がないことを思い出す
  2. 自らの自己表現をするにあたって、自分以外のどんな存在にも、いかなる囚われや束縛を受ける理由はなく、自分は大宇宙に存在を受け入れられている、すなわち存在が認められ、存在の価値があるという認識を忘れない

また、仕事、ビジネスにおける会話の本質となる、うまく進めるために認識すべき大事なポイントは

  1. 自分がその相手と会話する意図(ゴール)をハッキリさせる
  2. 相手が自分と会話する意図(ゴール)を引き出す
  3. 双方の意図を達成する方向に会話を進めそれを達成することを目的とする。

自分という1人の人間としての存在の価値を認め、安心感を持つことができれば会話のみならず仕事でも恋愛でもうまくいくのです。

特に仕事においての会話では「互いが持つ意図やゴールを達成するために行う」という意識を持っていれば、会話の質も内容もはるかに向上し、あとは脳が勝手に最適化を行い、スムーズに流れるようになっていきます。

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