他人に無関心な人の特徴や心理

他人に対して無関心な人。

よくよく見渡してみると、案外そういった「他人に興味がない」といった人達は少なくないのかも知れません。

別にそれが決して悪いことばかりだとは思いませんが、自分自身で「人への関心がわかなくて困っている」あるいは日頃接する周囲の人で「自分の事、話ばかりで人の話は聞いていない、目も向けない人がいて腹が立つ」という方もいるでしょう。

今回の記事ではそそのように他人に無関心な人の特徴や心理について紹介したいと思います。

他人に無関心な人とは

この記事を読んでいるあなたが、自分自身で他人に無関心だという自負があるのか、周囲にそういう人がいて何か思うところがあってここに辿りついたのかは分かりませんが、「他人に無関心な人」というのは一体どのような人を指し、特徴があるのでしょうか。

例えばあなたが自分自身で他人への興味がわかなくて困っているという場合、こんな事なないでしょうか。

分かりやすいように1対1、あるいは複数での雑談シーンであると想定して

  • 気が付いたら自分の話ばかりしてしまっていて相手、周囲の人達が退屈そうに、不機嫌そうにしている。
  • 自分から人に尋ねたい事柄がないので、質問がない。質問がないばかりでなく相手が喋った内容から話を膨らませ展開させることができない
  • 頑張って膨らませようとしても、興味がないため雑な返し、的外れな返しになってしまう
  • 上記の理由から話が盛り上がらない、キャッチボールにならない。複数人だと話についていけず困る。
  • 相手が喋りだすと退屈に感じてあくびをしたり、ソワソワと落ち着きがなくなる。そしてそれを見た相手が不快に感じ場がしらける。

他にも色々あるかも知れませんが、いずれにしても本人には悪気がなかったとしても、これらの特徴のせいで自分が困ったり相手を不快に思わせたりする事もあると思います。

なかには内心興味がなくても器用に気の利いた返しを駆使する世渡り上手な人もいますし、反対に興味がないならないままに無理をしないというのもいいと思います。

他人に無関心であるがゆえに、ときに“生きづらさを感じる”こともあるかも知れませんが、私はそれでもいいと考えます。

その理由を簡単に挙げると

  • 人に依存しない。「自分は自分、人は人」という考え方ができる。
  • 他人に無関心な故、人の評価、意見に振り回されることなく自分らしくいられる。
  • 人の評価、意見に必要以上に振り回されることがないので、自分の世界、道に没頭、追及できる。

実際、会社の経営者や成功者の人達の中にも他人に無関心な人が多いようです。

ときには「何を考えているのかわからない」「冷たい人」などの印象をもたれてしまうこともあるかもしれませんが、もし自分が「他人に無関心である」ということで悩んでいるとしたら、こういうメリットもあるということを知って逆にその特徴を活かすことを考えてみるのがいいと思います。

自分がそうではないけれど、あなたの周囲に他人に無関心な人がいても、「もっと他人に興味をもつように」と同調圧力をかけるのではなく、それは個人としての特性であり、だからこそのメリットが大いにあるということを思い出してみてほしい思います。

他人に無関心な人の心理

他人に無関心な人というのは、その裏に一体どういう心理が潜んでいるのでしょうか?

その心理状態をいくつかあげてみましょう。

  • 自分が大好きである
  • 自分が平均以上に優れた人間だと思っている。あるいは自分が一番だと思っている。
  • 夢中で没頭できる世界や、興味のある分野をもっている。

これらの心理は、他人に無関心な人達の中にあるものの中でもわりと主要なものだと考えます。

この特徴だけを見ると、なんだか憎い奴のような印象を抱いてしまうかもしれませんが、前章でも述べたように成功者の中にも他人に無関心な人が多いという理由がここに隠れているようなきがしませんか?

自分が大好きで自信があって、自分の世界や興味のあることを構築するのが好き。しかも他人に依存しないから一人でいることが全く苦にならず、むしろ一人でいれることこそが自分の世界やビジネスに集中して没頭できるため、その進歩と発展が飛躍的なものになる。

そう考えると非常に納得がいくと思います。

そうでない人からすれば、何だか腹立たしいような憎い一面を感じることがあるかもしれませんが、それと同時に彼らは確かに素晴らしい一面をも合わせもっているのです。


「無関心である」という中に秘められた可能性

ここまでは、他人に無関心な人達の特徴、心理をいくつか見てきましたが、ここでもう一度「他人に無関心」ということについてもう一段深い段階まで探りながらおさらいしてみましょう。

一口に他人に無関心な人といっても、その中でも様々な種類の人たちがいます。

  • 本当に他人に興味がないわけではなく、ただ不器用でシャイな故そのような振る舞いになっている
  • 本当は他人に無関心な訳ではないが、あるときのトラウマや心の傷、挫折経験から防衛反応として無関心な態度をとっている
  • 他人のことより自分が興味、情熱を持ち没頭できるものをもっている
  • 他人のことはどうなろうが知ったことではなく、自分さえよければそれで良しと考える精神病質(サイコパス)気質である

これらのパターンのように、「他人に無関心な人」といっても複数のパターンの人達が挙げられます。

そのため「他人に無関心な人」といってワンパターンに括るのではなく、その人が一体どういう理由で他人に無関心であるのかを洞察することがその人への深い理解をもたらします。

例えばシャイな人、または心に傷を負って自己防衛的になっていて、他人に無関心、あるいはそのようなふりをしている人に対しては、相手が心を開きやすくなるようにリラックスした環境を整えてあげる

本当に人のことを道具だと思っていて相手の気持ちを考えない、自分さえ良ければいいという無関心タイプの人とは警戒してすこし距離を置く

などのタイプによって適切な対応を心がけていくことがベストなのではないかと思います。

また自分の世界や興味のある分野に没頭したいタイプの人には、悪気はなくてそういう人なのだと理解し応援してあげるぐらいの心の広さがあってもいいのかもしれません。

歴史上の大天才であるアインシュタインやエジソンのように、大発見や大発明をし人などが人のことばかり気にしていつもかげでコソコソと人の噂話で盛り上がっているようなタイプであってそれらの偉業を達成できたでしょうか?

絶対にそうではないはずです。

彼らもまた、人並みにいやそれ以上に人間関係での問題や悩みはあったかも知れませんが、でもそれより、他人のことよりも自分の没頭できる世界にのめり込んでいった結果導き出せた偉業なのだと思います。

ともすれば、現代に生きる私たちの生活というのは、そういった偉人・天才達の英知の結集の上に成り立っているわけですから、私たちは生まれた時から、いや生まれる前からその恩恵を受けて今ここに生きているわけです。

ですから他人に無関心な人がいて問答無用にその人を非難するのではなく「それぞれの役割がある」のだということを思い出してほしいと思います。

まとめ

いかがでしたでしょうか。

他人に無関心な人といっても、その心理の裏には普段何気なく接しているだけでは見えにくい心理がある可能性もあり、また単に他人に無関心に見える人の中にも複数のパターンの人達がいることも紹介してみました。

人にはそれぞれ生まれ育ったバックボーンがあって、興味の対象や役割はそれぞれ違うのだということを思いだして、他人に興味がる人もない人も周囲を適切に理解し、そして関係を深めていくことが大切なのだと考えます。

もしかすると一風変わった他人に無関心そうなあの人は、大きく社会に貢献できる可能性を秘めた存在であるという可能性もあるのです。

パっと見のイメージや日頃の業績などで簡単に判断してはいけません。

アインシュタインやエジソンなどの偉人たちでさえ必ずしもその偉大な才能を発揮していた訳ではありません。

アインシュタインは後に自らで語っているように、幼少期には知能の発達の遅れがあり、他への協調性や尊敬のなさから大学時代には同級生の中で唯一大学教授に干され、就職先の斡旋さえしてもらえず、エジソンに至っては1+1の計算すら理解出来ずに教師から「お前は頭が悪すぎるから学校を辞めたほうがいい」と罵られた始末です。

適応能力の低さや、集団行動の中での不適応などはそのアンバランスな才能故の可能性だってあるわけです。

他人への関心や協調性も見せずに、大して有能そうにはみえないパっとしないあの人、あるいはそういう自分の中に、それが歴史的というほど仰々しいものではなくともあなたの知らない世界、そして才能が眠っていないとあなたは断言できるのでしょうか。

他人に無関心」という人格や特徴の中には、それほどの奥ゆかしさを兼ねているかもしれないとすれば、なんだかミステリアスにさえ思えてきます。

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2017.11.18

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