「人の目が気になる・・・」のはなぜ?その原因とは?

「何だか人の目が気になる」「常に監視されているようで委縮してしまう」

このように、心が何らかからの「束縛」を受けているかのような感覚は、非常に気分が悪いものです。

気分が悪いだけならまだしも、それ故に自分の能力を発揮できなかったり、人生での選択の幅を狭めてしまうようであれば、その被害は決して小さくありません。

なぜそのような意識が心を占領してしまうのか、その原因となるものを探ってみましょう。

「人の目が気になる」とはどういうことか

それは言葉を足すと、「他人が自分の事をどういう目で見ているのか?を気にしている自分」という状態であると言えます。

人間誰しも、大なり小なり他人の目は気になるものです.

しかしそれが必要以上に強い脅迫観念となって、心を占領されるような事態になっては日常生活に支障をきたしてしまいます。

  • 「バカな奴だと思われるんじゃないか・・」
  • 「ダサいと思われしないか・・」
  • 「自分は変な目で見られている・・」
  • 「非常識な奴だと思われるんじゃないか」
  • 「頭がいいと見られたい」
  • 「カッコいい、キレイだと思われたい」
  • 「賞賛されたい」
  • 「良識のある人だと思われたい」

ほとんどは、人からの評価を気にしすぎるというところに発端があるようです。

あとは完璧主義な人も、「人の目が気になる」という心の束縛に悩まされることも多いです。

上に挙げた8つの感覚の内、上半分は人からのマイナス評価から逃れたいという願望です。下半分は人からのプラス評価を得たいたいという願望です。

完璧主義の人は、「全か無か思考」「0か100」という思考に陥りやすいのですが、例えば「頭がいいと見られたい」というプラス評価の願望があったとします。

そのとき、ちょっとでも自分がなんらかのミスや間違った発言をしてしまったり、恥をかいてしまうようなことがあると、全か無か思考に陥り、「自分はバカだと思われたに違いない。今までの努力も評価も全て水の泡だ」というように自分の評価がさもマイナスの評価で埋め尽くされたような感覚になるのです。

そうでない人からしたら、「何をそんなバカな」と思うかも知れませんが、究極の完璧主義者はこういう考えに陥ってしまうのです。

そしてその経験が軽いトラウマのようになり、「人から悪く思われたくない、良く思われたい」という願望は余計に強くなっていき、本人の心を束縛して苦しめるのです。

程度の差はあれど、これこそが「人の目が気になる」という悩みを抱える人の心に潜む原因ではないでしょうか。

なぜ「人の目が気になる」のか

それは私達の暮らす日本という国特有の文化の中にもその原因の秘密がありそうです。

例えば日本には「村八分」という制裁行為がありました。

これはどういうものかといいますと、「村の掟や秩序を破った者に対しては、家事の消化活動と葬式の手伝い以外は関与しない」というものです。

一旦村八分に合うと、周囲の人間との関係の一切は断たれるのです。

今でこそ欧米的な自由な思考がふんだんに取り入れられている日本ですが、当時の掟なんて現代人からすれば「そんなのとても守れないよ」と言いたくなるような厳しい掟であったに違いありません。

しかし、実際には「掟を破った」というほどのことでもなく、単に「周囲の反感を買ったから」「不愉快な思いをさせたから」「気にいられなかったから」のような、現代のいじめっ子が口にする「なんとなく気に入らなかったから」というような理由であったことも少なくなかったようです。

ただの「集団いじめ」近いという側面もあったようです。

今時、そんな事で村八分なんかしていたら社会は回らないのですが、私達日本人の中にはそういった「村八分」を恐れるDNAと思想や文化が、先祖代々から受け継がれて残っているのです。

そして現代においても、一部の地域やコミュニティでは、当時の村八分に近いような空気感を持つ制裁行為が今だに続いているといえます。

当の本人達はそれを「村八分だ」という認識を持っていないでしょうが、ほとんどの日本人の意識の中には、人を白い目で見たりする心、また反対に自分が白い目で見られる恐怖感を、無意識的に携えているのです。

これが「世間の目を気にする心」=「他人の目を気にする心」=「人の目が気になる」というわけです。

更に欧米式思考がメインとなっている現代の日本では、「人の目なんか気にするな」「人の意見よりも自分がどうしたいのかが大事だ」と言われ、ますます混乱するのです。

要は自分の気持ちや感情を重んじる欧米人に比べて、日本人が重んじるのは世間の心だったわけですから、もともと日本人の中には「自分の心に問いかける」という習慣がほとんどないのです。

それが結果的に

  • 自分のやりたいことが分からない
  • 分かっていても周囲の目が気になってなかなか踏み出せない
  • 変に目立たずにみんなと足並みを揃えておこう
  • 少数派に入ってしまったら大変だ(みんなが大学に行くから自分もいかなきゃ、みんなが就職するから自分もしなきゃ、流行に乗り遅れないようについていかなきゃetc…)

今となってはこのような風潮も少しずつ崩れてきているとは思いますが、やはり心の奥底にはそのような古い文化を恐れる心がこびりついているというのが本音でしょう。

もちろん日本人的な心が悪いものといっているわけではありません。

日本人の団結力や精神は世界中で評価されているのです。

ただ日本的な文化や思考の中に、ネットやスマホの普及も手伝って、以前にも増して欧米的な文化や思考によりリアルな臨場感を持って触れる事が容易くなった現代、もともと人目を気にする私達日本人はそのごちゃまぜ状態に混乱させられている可能性もあります。


結局何が正しいのか

『人の目が気になる』原因は何なのか。

そんな心の痛みが分からない人からすれば、「人の目なんか気にしなければいい」と簡単に一言で片づけられることかも知れません。

確かに究極的な答えはその通りであるのは筆者も同意します。

ですが、生まれ持った気質やバックボーンも人それぞれ違いますし、本当に人の目が気になるということで悩み苦しんでいる人からすれば、割と複雑で深刻な思いを絡めてしまっているのです。

今後の日本においても、多くの国民が持っていた古くの日本的思想は影を潜めていき、それは欧米的思想との境界が限りなく低くなる方向へ進んでいくことは間違いないでしょう。

ただ、「日本人が暮らす日本」である限りは、完全にその日本人的気質がなくなるということも考えにくいです。

だから無理に変える必要はないし、変わるときが来たら勝手に変わっていきます。

問題は「変化への戸惑い」や「変化を受け入れることに苦戦する心」という悩みを抱える人が多数いるであろうし、そういった人達が今後も現れ続けるであろうということです。

テクノロジーの進歩に伴って、時代、常識、思想、環境に至るまでのあらゆるものが、加速度的に変化しているのがこの現代なのです。

その勢いは次世代も更なるスピードを増して続いていくのです。

そんなに忙しい現代人にとって、「多くの人は、他人の事などさほど気にかけてはいられない」ということが分かれば、「人の目が気になる」と悩んでいる人にとって、少しは「他の目線を気にしてばかりいる無意味さ」というのが府に落ちるのではないでしょうか。

別に「他人に無関心であれ」とか、そういう現代人の姿を肯定するわけではありませんが、かつての村社会で生活していた日本人とはもう違います。

「他人のこと」ばかりに気を向ける時間も労力もない人達の暮らすこの現代で、「人の目が気になる」と委縮したり怯えるのは、甚だ無意味で「自分の思い込み」よいう幻想に縛り付けられて生きているということです。

そりゃあ、人間関係でのトラブルや、不愉快な思いをしたり、させたりということはあるでしょうが、そんな出来事はどんどん過去に流れさっていき、次々と新しい未来が流れてくるのです。

その一回一回に気を取られていては、いくら時間があっても足りないのです。

それほど「人の目が気になる」ということで思い通りの人生をいつまでも歩めないのだとしたら、どれほど不必要な思考で時間も労力も無駄にしているのでしょうか。

仮に、周囲にいつまでも過ぎた事に執着してくるような粘着質な人と関わることは、あなたの貴重な人生時間と労力の泥棒ですので、おススメしませんし、あなたが過去に執着しやすいタイプであるならば、一刻も早くその粘着体質からの脱却を試みることをおススメします。

それだけで「人の目が気になる」という悩みのほとんどは解消されているに違いありません。

もう一つは「人生の目標を持つこと」ではないでしょうか。

人生の目標があれば、日々それを達成することに意識が向いていきますので、下らない余計な悩みは減っていきます。

ただ、「人の目を気にする」という悩みを持つ人にとって、その特性故に、自分の目指したいものや、人生の目標が決められないということもあるでしょう。

そういう人にとって、自分のやりたいことを見つけるための実践法として、ベタではありますが、「自分のやりたいと思ったことを紙に書いてみる」という方法は非常に簡単な上、効果抜群でもあるのでおススメします。

書き出すときのポイントとして、

  • 思いつく限り書く
  • 出来る限り他人の意見や刷り込みに作られていない、純粋に自分の心の奥底から望んでいると思われるものを引っ張り出すように意識する
  • 書くことをためらわない
1POINT
こんなこと書くのは恥ずかしい、みっともないという気持ちは無視して、ある意味機械的に書くことがポイントです。「これは実現不可能だ、非現実的すぎる」という内容であっても、むしろその中にこそ最重要なキーが隠れているから書いたほうがいいです。人は普段無意識的にブレーキをかけているので、そのマインドブレーキを外すイメージを持ってみます。

恐らく「人の目が気になる」ということで悩んでいる人、目標ややりたい事が見つけられないという人は、上に挙げたようなポイントで無意識的につまずきを感じて、途方に暮れてしまうという人が多いと感じます。

『自分のやりたいこと』『自分の人生を生きる重要性』またそれらを見つけるヒントについてはこちらの記事をご覧ください。↓

次世代へ向け『転職と仕事のモチベーション』に見る人生で最重要な心のシグナル

2018.05.10

まとめ

人の目が気になる

その悩みの奥底にある原因には、個人個人の性格的気質に加えて、日本の文化的背景も密接に関わっているという内容は興味深いです。

そんな日本という国の中に入ってきた欧米的思想や文化、大きく進歩していく科学技術、それに伴い目まぐるしいスピードで進む時代の変化。

従来の常識が半分崩れ去っていくのを目の当たりにしながら、何が正しいのか自信が持てず、人の目を気にしながら過ごす日々。

時代の変化は受け入れるほかありませんが、現代は「自分にとって何が大事で、何が大事ではないか」という取捨選択をする目を持つということが非常に大切な時代なんだと思います。

個人個人、大事なものや基準は違うのです。その違いがあって当然という事実、そしてその違いが必要であるという事実を思い出して、他に惑わされることなく自分の持ち物、道を大事にして生きていきたいものです。

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“いつもうまくいかない”と感じる「人生」・「人間関係」にサヨナラを告げよう

2019.03.31

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