ニートの子供と無関心な親

ニート

特にここ数年では大きな社会問題として取り上げられることの多いこのワード。

今に始まったことではない「ニート」という問題、しかし特に現代においてはその「ニート」の数の増加、高齢化、長期化が強く言及されています。

また、そういった自分の子供達に対して一見すると「無関心」で放置しているかのように見える親達に対しての疑問視、非難する見方や声も強いとされています。

一体その真相、実態とはいかなるものなのでしょうか。

ニートとは

学校を卒業した後に、正社員としての正規雇用に就くわけではなく、アルバイトやパートのみで生計を立てる、もしくは実家を出ずに過ごしている人達のことも含めてニートとして指すなど、人によって言葉の正確な定義が異なるでしょう。

この記事における話の内容の理解を深め、読者さんとの共通認識を持つために、ここで改めて「ニート」という言葉の定義について確認しておきましょう。

ニート(イギリス英語: Not in Education, Employment or Training, NEET)とは、就学・就労・職業訓練のいずれも行っていないことを意味する用語である。日本では、15〜34歳までの非労働力人口のうち通学・家事を行っていない者を指しており、「若年無業者」と呼称している

出典元:ニート-Wikipedia

このように本来はいわゆる若年層に向けて使われていたこのニートという単語ですが、いまや若年層を超えた40~60代の人達も含めたニートが増えているという現状があるそうです。(ニートの母体数は減っているそうですが、それは単に人口が減少している為であり、国民の総数の内のニートの割合が増加しているということです。)

定義は見方によって様々あるようですが、この記事で扱う「ニート」という言葉は年代は問わずに、「就学、就労、職業訓練のいずれも行っておらず、またその行いの意思がない人達」という定義のもとに内容を綴っていきたいと思います。

ニートはいかにして育てられたのか

ニートである本人が社会問題視されているのもそうですが、それと同時に我が子をニートにしてしまう親の教育法、家庭環境にもその問題の目が向けられています。

子供をニートにしてしまう親や家庭環境の特徴には一体どんなものが挙げられるでしょうか。

  • 過保護、過干渉、心配性
  • 放任主義、無関心
  • 親が完璧主義者である
  • 夫婦仲が悪いなどの機能不全家族
  • 親が高学歴、社会的ステータスが高い
  • etc…

こうして見てみると、一見真逆に思えるような特徴も連なっています。

これらの親や家庭環境をもつ子供がニートになるという話ではなく、ニートになる子供の親や家庭環境にはこのような特徴があるパターンが多く見られるということです。

逆に上記の特徴のおかげで立派な子供に育つということもあるわけで、それが一概にいいとか悪いの話ではありません。

しかしこの中でも、親が過保護や過干渉な教育による子供のニート化というのは比較的想像がしやすいでしょう。

例えば過保護では、親が必要以上に子供をかばう、尊重し子供が「責任」というものを身に付ける機会を奪い、子供自身がやるべきこと、またはできることを親が肩代わりするということになる。それによって自身が行動して物事を達成し、また失敗したら自分の行動にいかに不適切があったか、というような実感を持つ経験が著しく乏しくなる。

また過干渉では、親が直接的にも間接的にも子供の意思の尊重せず、結局は親自身の意思の尊重、心の安心が得られるような子供の意思決定や行動を促すように教育(コントロール)する。そのため親は子供の考えや行動、決定などに親が必要以上に介入、口出しをするなどして、親の意向にそぐわないことは一貫して認めず、子供に関わる全ては親の思い通りしようとする。そうすると必然的に子供は親の目や顔色を強く意識するようになり、親に「監視されている」というイメージをもつようになる。結果自発的に考えたり行動したりする意欲は失せ、人生においても無気力な大人に育ってしまうことがある。

これらの親の特徴として言えることは、子供にも大人同様に人権があるということを理解しておらず、子供を自分の所有物のように捉え、親が自分自身の心の安心や欲求を満たすことを子供に要求しているということです。

また、これらの親達はたいてい悪気があってやっているのではなく、自分が安心したいからというのもあるかもしれませんが、子供にも良かれと思ってやっていることがほとんどです。

このような教育をやっている親達は、子供を使って自分の欲求を満たしたいという願望があることも、真に子供にとって大事な教育という本質が分かっていないだけなのです。

親もまた未熟な存在であり、ぶっつけ本番で人の親になるのですから、分からないことでらけでいっぱいいっぱいなのです。

ただ、こうした自分が若い頃にできななかった、あるいは実現できなかったなどのの事柄を、自身の代わりに、子供をその代替えマシーンかのように捉えて実現させようとか、しつけようとしてしまう親は少なくないのです。もちろん無意識でなので親本人にその自覚はありませんが。

また、完璧主義の親の元で育った子供は、子供のテストの点数が100点、あるいはそれに限りなく近い点数を取ったときにはあ褒めてくれるけれど、それを下回る80点とかを子供がとってきたときには機嫌が悪くなり、子供に強く叱ったり当たったりすることで、子供は「自分は完璧でなければ、完璧な結果を出さなければそれは価値がないこと」と考えるようになり、全か無か、0か100かという思考になってしまい、「それだったら何もやりたくない」ということで無気力なニートになってしまうのです。

反対に、子供に対して興味を示さない無関心な親に育てられた子供も、ニートの人に中には割合として多いようです。幼少期に親の無関心からあまりかまってもらえなかった、十分な愛を注がれることなく育った子供も、自我の形成がうまくなされず、自尊心が育たず「自分は人に愛される存在である」ということを知らないまま大人になってしまった人です。

人は自尊心がなければ「何かをやってみよう」とか「あの人と仲良くしたい」とかいう意欲も自信もないため、その状態が社会生活を送る上で色々と支障がでてきます。

それが自身の生き辛さと直結し、結果無気力なニートになってしまう可能性が高くなることは否めません。


ニートである自分の子供に対して無関心な親

世間やネット上では、ニートの子供を養い続けて実家に住まわせている親に対して向けられる厳しい意見も見受けられます。

しかしなぜそのニートの親達はその状態の子供を無関心に放任しているのでしょうか。

これにも様々な事情が考えられますが、大よそ一般的と思われる親の心理状況を推察してみたいと思います。

まずは親がニートの子供に対して絶望しきっているというパターンです。

ニートの親達に多いと言われる過保護、過干渉、完璧主義の親達がハマっていると思われる心理パターンです。

これらの親は総じて頑固で真面目で教育熱心です。

親からすると子供からの裏切られ感、もしくは子供がニートになったあとに自分が教育法を誤っていたというひどい自責の念があるのかもしれません。

「子供の教育のために一切の手も惜しまず、大事に完璧に育てたつもりだったのにこんなことになるなんて」とヒステリックになっているのです。

自分が何より大切に、何よりも重視して、そして完璧に積み上げていたはずだったものが蓋を開けてみたときに自分の思ったものでなかったとき、そのギャップを思い知ったときショックは計り知れないものがあるのでしょう。

それが真面目な人ほど手を抜かないし、また受け止め方も重たいものになりがちなので尚更のことでしょう。

親からしてみれば、

「自分の人生における大きな希望だったはずの子供がまさかニートになってしまうなんて。。」

という心境です。

それが子供からの裏切られ感、もしくは自分への後悔や罪悪感があまりに重すぎて、もはやどうしようという気さえなくなっているということが考えられます。

あるいは無関心な親のもとで育ったニートの親は、そもそも子供に無関心なため、その事態をどうとも考えていないケースも考えられます。

「子供が独り立ちしてくれれば、時間的にも経済的にももっと自由がきくのになぁ」ぐらいは考えているかも知れません。

それでも、「まぁそのうち出ていくでしょう」ぐらいに何も考えていないということでしょうか。

他にも日頃からニートである子供に一刻も早く仕事を見つけて家からでていくように口やかましくいって日々奮闘しておられる、にも関わらず子供は動く気配を見せない、とうい事態に困っている親御さんたちも少なくないと思います。

ですが親が比較的に高齢になってしまっている場合、気力的にも体力的にも気持ちが萎えてしまっているパターンも考えられます。

むしろこの場合、もういっそ子供が家にいてくれたほうが安心と親も考え始めてしまっているかもしれません。

この場合は特に、親がもともと片親だったり、どちらかの親が死別していたりして、自分自身は病気がち、もしくは体があまり強くない、しかも近くに頼れる親族もいない、自分の人生もそんなに残り長くはないかもしれない、ということにもなってしまっていれば、もうなんだかんだでずっと一緒に同じ家に住んでいるその子供。

もはや子供に家を出ていかれる不安や恐怖のほうが大きいと親は考えている可能性だってあります。

こうして見てみるだけでも、一見ニートである子供を無関心に放任しているかのように見える親の事情にも様々ありそうだということが見えてきます。

まとめ

いかがでしたでしょうか。

ニートの子供を生み出す原因となる家庭環境や親の教育法というバックボーンが存在し、その背景にも様々な要因が絡み合っておりその在り方も一言では語れないものがあります。

人間というのは、自分がその同じ立場になってみなければ、その心情の推察はできても身をもってそれを体感することはできません。

なので頭ごなしに批判するばかりではなく、世間がそれに理解を示す姿勢が、ニートとそのを救う一歩になる可能性もあると思います。

何に関しても、物事にはそれを作り上げている裏にどんな背景が潜んでいて、何がそうさせているのかということを俯瞰して考えてみなければその本質は見えてきません。

だから表面上だけを見ていたずらにそれを悲観したり、頭ごなしに批判するだけというのは、それをみる世間が何も考えていない思考停止状態になっているということです。

社会問題、それはそういった世間全体が作りあげた病理だという見方もできるかもしれません。

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2017.11.04

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