あがり症の原因

あがり症という謎に包まれた人体の反応。これは実に不可思議で、ときに不合理であるこのメカニズムであり、生体の反応としては本来必要であるにも関わらず、その生体として必要なメカニズムの以上起動により苦しめられている人がいるという現状があります。

人として正常に起こる範囲のものから、日常での頭の考え事の中心がそれに囚われて人生を苦痛に感じてしまうレベルの人までいます。今回の記事では、そんなあがり症の原因を探ってみたいと思います。

あがり症とは

冒頭でも述べましたが、「あがる」という生体反応は、生命を維持したり守るために備わっている、もともと必要なものであるので、それ自体は正常なものです。ただ人によって、その反応が過剰に表れてしまうことがあります。

正常に緊張やあがりが起こる場面として、

  • 初対面の人と会う
  • 仕事の面接を受ける
  • 大勢の人の前で発表やスピーチを行う
  • 見知らぬ人に声をかけるorかけられる
  • 苦手な人や、目上の人と話をする

こういった場面において、緊張やあがりといった症状が起こることは、人間の防御反応が起こるという意味で至極当然ではあります。ですのであがり症そのもの自体には何も問題はありません。

しかしこれが、冷静に考えると大してあがったり緊張したりするほどのことでもない場面で緊張やあがりを頻発するようになったり、一定の正常に現れるレベルでの緊張やあがりの症状を大きく超える度合いで起こったりしてくる人があがり症であると定義されます。

ただこのような頻度やレベルにも、ここまでは普通で、ここからがあがり症とみなされるといったような明確な線引きがあるわけでもないので、自分がそのどちらに該当するのかは自己の判断によるところもあります。そのどちらかに特定するための一つの基準として、以下の項目の該当を参照して

  • 上司や同僚、友人など、相手の社会的地位や関係性を問わず人に会うことを避けるようになる
  • 本当はやりたい仕事があるにも関わらず、人間関係の交流を避けるため、ほとんどそれらを必要としない、そして望んでいない仕事についてしまう
  • 昇進のチャンスが目の前にあって、自らもそれを望んでいるのに、自信のなさや緊張、あがりが頭をよぎり、責任を負うリスクを考えるとイマイチ踏み込むことができずにポストを譲ってしまう、奪われてしまう

一部の例ではありますが以上のように、後の人生に大きな影響を与えるような事柄について、緊張やあがり理由として避けてしまうようなことがあるのであれば、自身の中に抱える「あがり」という恐怖にコントロールされた生活となり、それは人生のトータルで考えたときに大きな損害となり得ます。私の考えるあがり症の定義はこれに該当するとき、それをあがり症と呼ぶにふさわしいもの、かつそれを克服、解消に励む必要があると考えます。

なぜなら通常の緊張やあがり程度であれば、それらリスクを避けることを考えるよりも、自分の望む方向に進むことを考え優先するはずだからです。「あの友達と仲良くしたいけど嫌われたらどうしよう」「販売の仕事に付きたいけど自分は口下手で緊張するから、人と関わらずに済む仕事にしよう」「このポストに自分が着きたいが、その後に自分が人前でするアピールや発言の際には、緊張やどもり、あがってしまってうまくいかないかもしれない、ヘマをして恥をかくかも知れない」などというように自分のやりたいことよりも、緊張やあがりを負うリスクのの恐怖との力関係が逆転してしまっているということが、そこに人生単位で損害を被るなどの問題が見られるということであり、それは「症状」としての「あがり」、すなわちあがり症として認識されるのです。

あがり症になる原因

このあがり症の原因を考えるとき、「これがハッキリとした原因だ」というようにハッキリと断定できるケースは少ないかもしれません。遺伝的または環境的要因が複合的に絡まりあって発症していることが多いからです。

遺伝的要因といっても、その要因を持っているというそれだけで発症するということもないかと思います。遺伝的要因として、潜在的に持っていたあがり症要因が、何らかの環境的要因をキッカケにして発動する。多くはこんなところだと思います。

しかし遺伝的要因を持っているからといっても、一生の内それを発症しない人だっているわけです。多くの日本人が大勢の前で喋ったり発表を行うことに対して強い恐怖感を持つと言われており、「恥の文化」とも称される性質をもった日本人ですから、私達日本人の多くがあがり症の要因を持って生まれてきていると言っても過言ではないはずです。

過去に書いた「生きづらい国「日本」に隠されたその理由」という記事にも書きましたが、日本人の文化というのはもともとが人目を気にする文化です。人の目線や評価される部分に重きを置き、世間の価値観という基準から外れない、人様から除け者にされないように頑張って生きてきた人目を強く気にせざるを得ない文化です。

世間様から嫌われることはある意味で死活問題だったわけですから、「人様の前での失敗は許されない」といったようなDNAが私達日本人の記憶に強く刻み込まれているのです。それが忙しくなった現代社会では、「あがり症」の要因として人の心に色濃く残っていると考えると何の不思議もありません。

その遺伝的要因が、何らかの環境によってあがり症を誘発させるのです。人前での発表の際の失敗や、叱責を受けた経験、恥をかいたetc…

理由は何であれそのような心に強くダメージを受けた経験があったことにより、内在していた遺伝的要因が発動したのではないでしょうか。またあがり症を発症させやすい人の特徴として

  • 生真面目
  • 繊細
  • 支配的、監視的、コントロール的な親に育てられた
  • 完璧主義な親による教育を受けて育った
  • 両親、家族間の関係性が極端に悪い環境で育った

などが挙げられます。これらの性格や、環境で育った人というのは常に心の休まるときがなく、常に強い緊張にさらされた状態が慢性化しやすくなります。もともと心に落ち着きや安堵感、リラックスがないため、それだけで「失敗」しやすいという特徴はあるかと思います。そして生真面目な人ほど、1度の失敗を許すことができずに、心に強いダメージを感じ、その経験に必要以上に心が引っ張られてしまうことであがり症を発症させます。

余談ですが、人間は慣れない空間や、緊張の解けない空間、危険な空間に身を置き続けさせられると、脳のIQが低下していきます。一時的な緊張は高パフォーマンスや頭の回転の速さをもたらしますが、緊張が休まることなく続くと慢性的な脳疲労にも陥り、思考力や判断力は当然鈍ります。

ですから育った環境がもたらす影響はやはり大きいとは言えます。しかしこの理由を知るのは育った環境や親を恨むためではありません。その理由を知ったのは、納得した上で改善に努めていくためですから。人や環境を恨み続けることも、脳に強い緊張を慢性化させ、更にはIQを下げていきます。


あがり症に対する考え方

そもそもあがり症には大きく分けて2つの種類に分けられるといいます。その種類を見てみましょう。

全般型のあがり症

このタイプのあがり症の人は、社会という大きな枠組みや、人と接すること自体に強い恐怖感を覚え日常生活の中で終始緊張が絶えないという慢性的なあがり症のタイプです。

限局型のあがり症

このタイプのあがり症の人は特定の人と接するときや、特定のシーンのみにおいて強い緊張やあがりを起こすというタイプです。

全般型のあがり症の心に相互し合っているメカニズム

主にこの記事でモデルとしているのは、前者の全般型あがり症の人です。後者である限局型のあがり症の人というのは、時に誰でも緊張するような局所場面での緊張が平均的な人より強く出てしまい、あがりを発症するというタイプですが、全般型のあがり症というのは、その対象を問わず常に強い緊張にさらされている為、精神の困憊具合がまるで違います。

この記事で紹介している内容は、限局型あがり症の人にも通ずる内容ですが、主は全般型あがり症の人向けの内容ですので所々理解しがた部分もあるかとは思いますがご了承ください。

全般型あがり症(以下あがり症)の人というのは、社会生活全般の、通常の人であれば当たり前にやり過ごしているような状況の1つ1つに強い恐怖や不安を覚え、常に緊張が止むことがなく苦しい心境の中で生きています。

これはあがり症であることはもちろんの事ながら、社会不安障害でもあるということです。そして日頃収まることのない緊張により、常時交感神経が優位になりっ放しであるが故に、自立神経失調症であるということも伺えます。

そして困憊しきった心からうつ病を発症させるようなケースも決して珍しくありません。これは当人でなければ到底理解のできない苦しい心境にある状態なのです。

あがり症、社会不安障害、自立神経失調症、うつ病などこれらの症状が影響し合って相乗的になってしまうという悪循環があります。ですからこれらの悪循環を断ち切ることを考えなくてはなりません。

ここで注意したいのが、「自分はこんなにたくさんの病気を患っている」「自分は病人だ」というような悲観に囚われないことです。「自分は精神の病を抱えた病人である」というような意識に囚われてしまうと、症状と悪循環を強めてしまうばかりです。

シンプルに考えると、これはたくさんの病気を抱えているのではなくて、大元は1つです。それを断ち切れば全ての症状は回復していきます。本質的には「精神のバランスを崩している」というただ1つの病だけです。それが色々と派生してしまっているだけなのですね。

更に言えば「精神のバランスを崩している」というのは病気ででも何でもありません。人は誰しも緊張をして声が上ずったり震えたりもしますし、社会に不安や恐怖を感じることだってあれば、自立神経を乱して眠れなくなることもありますし、落ち込みだってします。

これが人間の生体として普通の反応ですから。ただこれが人より強く出たり、慢性的に続いたりしていることに対して、便宜上であがり症や自立神経失調症などと呼んでいるにすぎません。

どこからがあがり症でどこまでは普通というような明確は区別はないわけで、誰でも緊張すると言えば、誰でもあがり症であるということになりますし、誰でも無意識で多かれ少なかれ緊張感を潜在的に抱えながら(本人の自覚の有無を問わず)生きているということを考えれば、全般型のあがり症などと言えども、誰しも当てはまるということを考えると逆にそれは普通の事でもあるということです。

「自分はあがり症だ」といったような「病」という意識に強く引っ張られてしまっている人というのは、ここは理解した方がいいポイントなのではないかと思います。明確なボーダーのない「あがり症」というレッテルゾーンに、セルフイメージを置くには何の根拠も意味もないのだということを理解するのです。

まとめ

いかがでしたしょうか。あがり症が起こっている元にはどういう原理やメカニズムが働いているのかについて解説してみました。その他にもあがり症に対する考え方、捉え方の部分は改善に努める為には非常に重要なポイントとなるかと思います。

また自分があがる原因として、自分は何に恐怖を感じていて、その恐怖を感じているものが自分にとってどういう影響をもたらすというのか。ということを言葉で具体化し、認識するという自己分析の作業を行うことで、「なんだ、自分が恐怖して緊張していたようなことは大してなんでもなかった」ということが分かったりするものです。

人間、漠然とした得体の掴めないものに対しては不安や恐怖を抱くものです。あなたの恐怖心も、自分が心の奥底で漠然と考えているものを具体化してほしいというメッセージなのかも知れません。

そのメッセージをあなたの表面の意識がなおざりにしているままだと、その漠然感はなくなりません。その漠然を言葉や文字に書き表して具現化していくことが必要であり、あなたの心の中で具現化されていない漠然としたまま横たわっている何らかのメッセージ、具現化されることを待っているメッセージこそが、あなたに引き起こすあがり症の原因になっているのかも知れません。

こちらの記事もご覧ください。→どうしようもない「あがり症」を克服する方法はあるか?

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